毒母の歴史

関西で子供が生まれてから、関東に引っ越すまでのおおまかな出来事です。

アラフォーにもなって、レベルの低い言動・思考になってしまった経緯です。主語がないものは、全て妻の母親から受けた内容です。

2012年~2015年まで関西で過ごし、妻の母親に嫌気がさして関東に引っ越し。2016~2018年まで関東で過ごします。
2019年からは、子供の教育だけにはお金と環境を揃えたいという想いで、自分の好き嫌い・したいしたくないに反して、再度関西に引っ越し。今に致します。

2012年 (関西)

  • 息子が生まれる
  • 生まれてから半年間、夜勤続きだったため、昼間に妻の兄に、父親としてしたかったことを全部されてしまう。
  • 妻の兄に対してというより、子育て経験者である妻の母に対して、そして妻に対して、父親がしたいかもという気遣い全くなしに、自分を排除して、子育てに望んでいる2人に対して不満が募り始める。
  • 僕と妻の兄が同じ職場で仕事をしてて、自分が社員、妻の兄がアルバイトでしたが、妻の兄は離婚の余波と僕以外の勤務先の社員に対する不満のせいで、妻の兄が全然仕事をこなしてくれず、途中から異動してきた僕自身が社員として妻の兄を解雇しないといけない立場に悩み、それができず、責任を全うできない嫌気と、機会を奪われまくって夜勤が嫌になり、転職。

2013年 (関西)

  • とにかく、孤立感・除外感・疎外感を感じる毎日。
  • 晩ごはんを1人にされ(自分の机に飯を持ってきて、はいどうぞの体制になる)、ダイニングで妻の母、妻、妻の兄、僕の息子での楽しい会話を聞きながら飯。
  • 妻の母親の「ぼやき」的な内容に対して、その発言は俺に対して向けてるんじゃないかという疑問と不満を募り始める。
    • 「この家では言われなかった勝手にするから」→ 唐突に言われたため違和感。
    • 「星野監督は好きだけど、原監督は生けすかん」→この家で唯一僕だけ原監督タイプ。この発言で、今後この感覚で俺に向けてくるんじゃないかという予感を感じ始める。
  • 息子の風呂を、妻の母が妻の兄に依頼するようになる。
  • 転職先の職場で、事務所の鍵を持つ権限が僕ともうひとりしかなく、そのひとりが先に帰ってしまい、女子社員がタスクが終わらず、帰れず遅くなった話をすると、女のために残ってたと浮気的なことを疑われる。
  • 仕事のメンバーでキャンプに行く機会があり、帰ってくると「ほんまに男だけだったんかいな」と、ぼそっと耳元で言われる。
  • 年末に息子の心臓疾患がわかる。
  • 「この家では、自分(妻の母)、○○(妻の兄)、○○(妻)の3人が揃った時が一番運勢が高い」と、排除感のある言葉を言われる。

2014年 (関西)

  • 息子の心臓疾患が判明し、10年以上吸っていたたばこをやめる。
  • 妻の母親からの精神的なストレスで通年で平均睡眠時間が2時間になる。
  • 年始早々、爆発するように2年分の不満を言われ、そこから毎日何かしらの嫌味や否定、そして機会を奪われ始める。しかし、こちらの不満は一切聞き入れなかった。
  • 毎月「お前他人なんだからな」という含みのある言い方を、妻と妻の兄が外出してるタイミングで言われるようになる。
  • 3ヶ月に1回「○○(妻)は○○(息子)一人でも育てていけるから」と、妻と妻の兄が外出してるタイミングで言われるようになる
  • こちらが感情的になると「お前なんかに何も言われたかない」と拒絶。
  • 「男は基本的に信用せーへん」と、男が僕だけの状況で言われる。
  • 「男は役にもたたへん」と、そういう状況の番組を見ながら、男が僕だけの状況で言われる。
  • 息子の心臓疾患の手術で1週間会社を休むにあたって、自分しかできない業務をシステム化するために、2,3ヶ月帰りが遅いのを、浮気してると疑われ、帰ってくる時間を記録されるようになる。
  • 3ヶ月帰りが遅いことに不満を持たれ、質問されても僕が答えないことに対して「この家では質問されたら、間髪なく答えるんだ」と言われ、詰められる。
  • 昔、妻の叔父が叔母と一時的に住んでる時に、二階の寝室に下での妻の母親からの愚痴が丸聞こえだったということを言われてるにも関わらず、1ヶ月に1度は下で、聞こえるような大きな声で、妻の母親が妻の兄に僕のことを愚痴る。そこから一階からのヒソヒソ話が全て自分の愚痴のように聞こえるようになり、不眠症になり、youtubeなどで自然の雑音などで、ストレスのない雑音によって、下の会話をかき消して寝る生活になる。
  • 妻と妻の兄がいないところで、「○○(妻)は言うな言ってたけど、」という前置きを以て、妻が僕のいない時に言っていたことを言ってくる。
  • 感情的にあーだこーだ言うのを、「息子の心臓疾患のことで気がたってたことが理由だ」と言い訳される。屁理屈だと思いながら、心が拒絶しながらも、本当だったら失礼だと思って頭で理解しようと努め、心と頭のバランスが崩れる。
  • 「人の気持ち考えろ」と毎日言われる。
  • 何気なく「○○(息子)にはプログラミングをさせたい」というと、間髪なく「絶対にさせん」と妻の母親に拒絶される。
  • 感情的にいろいろ言われてる時に気に食わない顔を僕がすると、罵声を浴びせるように「なんやねんその目つきは~!」と叫ぶ。
  • 感情的にいろいろ言われてる時にちょっとでも笑顔を見せると、「この状況下でその笑顔は人を小馬鹿にしてる」と言われる。
  • 「お前には感情がない、人情がない」とほぼ毎日言われる。
  • 僕のことで完全に誤解・勘違いしていることについて「誤解です。」「勘違いです。」と答えても、「証拠あるし、その時そう言うてたやん」と切り替えされて、レッテルを貼ったままで終わる。
  • 「この家では帰ってきたら真っ先に足を洗うんだ」というルールを押し付けられる。僕だけそれを守り、他の人はほとんど守らず。
  • 僕の両親が鯉のぼりを送りたいと妻の母に申し出たところ、「うちには○○(妻の兄の息子)がいるから」という、意味のわからない理由で、断る。
  • テレビを見て、「星野監督は好きだけど、原監督はいけ好かん」と、原監督タイプの僕の目の前でいう。
  • 感情的な時に自分の意見を言うと全て、「言い訳するな」「口答えするな」「屁理屈いうな」「頭でっかちは黙ってろ」「捨て台詞はくな」「親が教育者のくせに」と、毎回捨て台詞を吐かれるようになる。
  • 息子が「ごはんよ」と言ったのを、「ごはんだよ」と言い直しさせると、「こっちではそんな言い方しない」とケチつけられる。この「人の方言」を否定したことで、関東の実家に帰ることを決断。
  • ずっと離婚を意識させる動きを妻の母親からされていたことで、関東に帰ると妻に伝えたところついてこない可能性があるので、自分の両親に今までのことを全て打ち明け、その上で離婚して1人だけ帰る可能性があることを伝える。結果は3人で引っ越し。

2015年 (関西)

  • 関東の実家に引っ越すことを伝える。そこから、大幅につっかかりが減る。
  • 11月に引っ越し。

2018年 (関東)

  • 関東のやり方を確認することなく、一方的に兜を送ってくる。妻側の家族が送る風習のない関東の実家に勝手に送れられたので、僕も僕の両親も何をしたらいいか分からなず、その姿が妻からすると「受け取ってくれてない」と勘違いする。

2014年と2015年の温度差から、家の中を居心地悪くして、外で浮気などして不貞行為をあえてさせて、協議離婚で妻が親権取って離婚できる状況を作り上げてたと勘ぐっていましたが、結局2019年7月になって「あの時は離婚させようと思った」と直接言われたため、確定。以後、完全に拒絶。