妻の母親のゲン担ぎシリーズ、新築一番風呂待ち。早く入りに来てくれ。。。

投稿者: | 12月 25, 2019

実質的に引っ越してから5日が経ちました。

妻の母親はとにかくゲン担ぎにうるさい。

ゲン担ぎの1つとして、新築の家では、親族内で一番えらい人が
その家で一番最初に風呂に入ることになっているそうです。
関東の実家ではそもそもそんな風習はない。
妻の祖父はケア施設に入れないため、一番えらい人は、当然ながら妻の母親。

家はあと9年借りる立場だから、
そこらへんは何も言う権利はないと言われればそれまでですが、
あくまで賃貸なんですよね。

いつまで経っても入りに来ず、
毎晩妻の母親のいる家に風呂に入りに来る。

正直めんどくさい。

ゲン担ぎ自体を面倒だと思ってしまう性格になったのも、
結局何をするにしても、自分のやり方を通さないと気がすまない、
価値観の押し付けで通され続けた故。

とはいっても、子供が生まれるまでは、
妻の母親がいうゲン担ぎは見事なまでに信じ切ってやってました。

今では全国の商戦対象になった「恵方巻」も全国規模になる前からきちんとやってましたし、
月初めは可能な限り地神さまのいる神社にお参り言ったりしてました。

マイナーでやりすぎなレベルでいうなら、
ピンク色の紙に願い事を叶いました的な過去形で書いて財布に入れたり、
新月には財布を夜中に派手に振ったり、
とにかくいろいろ言われたことをやってました。

今になって考えればゲン担ぎっていうのは全て自分の意識やその気になる気持ちを高めるためのもので、
その気になるから何事も前向きになるわけですが、
関西に再度引っ越しして再び妻の母親にあーだこーだされてきて、
結局そんな価値観の押し付けで通されたゲン担ぎでは自分は全くその気にならないんですよね。

引っ越ししたからには、可能な限り顔さえ見たくもないと思ってるのに、
引っ越ししてから5日連続で顔を見なければいけないのが苦痛の毎日でした。

さて、今回は妻と結婚するまでの話をしようかなと思います。

嫌いになるまでの幸せな日々について

僕の妻の家族に対する感情が完全に冷え切るのは、子供が生まれてからになります。

もちろん、子供のせいなんかじゃなく、あくまで僕自身と妻の母親の、
コミュニケーションの欠落によるものだと思っています。。。。。

いや、どちらかというと妻の母親が僕のタイプを生理的に嫌っているということが要因か。。。
僕は裏切られたと思うまでは信頼もしてたし好きでしたので。

自分にとっては非常に恥ずかしい過去を持っていますが、
妻の母親だけが悪いわけではなくて、
自分にも原因があるところはきちんと知ってもらいたいので、あえて書きたいと思います。

妻とは大学で出会い、そして大学卒業後は、僕は資格をとって就職するつもりで、
大学卒業後に2年かけて資格を取るために、専門学校に行くという決断をします。

もちろん、両親に費用を出してもらってするわけですが、
実家の近くに専門学校がないため、どの道一人暮らしで資格を取りながらになるので、
全国で展開する専門学校を選択した上で、
当時の彼女だった現在の妻の近くの学校に行くことにしました。

その時から妻は働いていたので、お互いの生活費を抑える意味で、
一緒に住むことになります。

しかし、自分も未熟で早く成功したいという、
若さなりの根拠のない野望みたいなものが漠然とあり、
専門学校に行き始めてから、半年後に妻の兄からマルチ商法に誘われます。

関西で生活しているわけですので、当時から妻の母や妻の兄とは少なからず多からずの交流があり、
その際の妻の母親の経歴や妻の兄の生い立ちを聞いていて、
とにかくビジネスである程度成功していることを僕は聞かされていました。

当然、なんの知識や経験もない自分は、メリットだけ話しされるその内容に魅了され、
信頼している妻(当時は彼女)の母親と兄に絶大な信頼を抱いていたことで、
100%信じ込み、そこから専門学校をやめ、マルチ商法に専念します。

妻の兄は300人ぐらいの組織を作るぐらいまでになりましたが、
自分としては勧誘してお金を稼ぐということよりも、マルチ商法のしくみの方に興味が湧き、
そしてそのビジネス形態を調べれば調べるほど、
これは悪徳商法だという認識と成功者はある程度の悪いことはしているという勝手な思い込み、
そして妻の兄が言ってるんだから絶対大丈夫だという信じ込みもあり、
僕自身はあまり結果をだせず1年が経過します。

当然、専門学校に行かないならということで、当たり前ですが両親からの仕送りは止まり、
その後自分も結果を出せず、しかし妻の兄の援助によりリーダー格と一緒について回ることに没頭して、
定職にはつかず結果僕だけ一度関東の実家に戻ることになります。

半年間活動しましたが、結局はよくある話で、
そのマルチ商法自体も結局組織の離反や裏切りにあい、
会社自体が傾き、妻の兄も2社リーダー格に釣れられてマルチ商法の会社を転々とするという形になり、
結局は僕と妻の兄のリーダー格に裏切られる形で1年後には完全に止める形になりました。

その後、自分が大学時代からwebサイト制作の経験があったため、
妻の兄と組んで再度僕が関西に渡りwebサイト構築の個人事業を始めます。
妻の兄は営業、僕がコーディングです。

今ならzoomやmeetなどで、リモートで仕事が十分できますが、
当時はそんなものがなかったので、僕がやはり関西に引っ越すことになります。
ところが、ふたを開けてみると妻の母の身内を回る形で斡旋してもらい、
妻の兄はただそれによる半分のマージンをもらうだけ。

自分はひたすらコーディングをする形で、僕だけが労働するということになり、
妻の母も妻も見かねて、妻の兄にそのことを指摘し、
結果妻の兄はやめて僕だけが個人事業主を続けることになりました。

ところが、いきなりの営業はやったことがないのでなかなか契約を取れず、
引っ越した時に妻(当時の彼女)と一緒に住んでいたアパート代金や、
車の返済のため、昼はwebコーディング、
夜は工場でバイトという二足のわらじを妻とすることになります。

その時に、妻の兄も仕事がなくなってしまったので、同じ工場に夜勤で働くことになります。
こうして、僕、妻(当時の彼女)、妻の兄が、なぜか同じ場所で夜勤で働くことになります。

その時に、実は結婚を1年延期していたのですが、
僕の両親からこれ以上遅らせるなということで、
両親の援助もあり結婚します。

自分はもともと頭を使うことが得意で体力的なことはやったことなかったのですが、
その工場でのバイトではとにかく体を動かすことでストレス発散にもなり、
実は体を動かすことが嫌いではなかったことに気づき、
他の人の三倍ぐらいの動きをすることで、社員登用の話をもらいます。

次回は、社員になってから子供が生まれるまでを書こうと思います。

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